裸のバニー(1) 花のかんばせ

 綾乃に初めて逢えたのは春。だけど、彼女は人妻の身だ。そうそう家を空けられる筈もない。彼女と再会するには、実にほぼ半年の時間を要した。待つ身は辛い。それはいつでも、どんな事でもそうだ。だが、彼女もまた、私に再び逢うことを心待ちにしてくれていた。それは、毎日のメールのやり取り方も、はっきりと感じ取れた。

 待ち合わせ場所は、駅にした。借りてきたレンタカーを降りて、彼女が改札口から出て来るのを待つ。正午が近い。やがて人の流れに混じって、大人っぽい黒のワンピースに、薄手のカーディガンを羽織った綾乃の姿が現れた。ありふれた日常の空間が、不意にそこだけ明るくなるような感覚。私の記憶の中にある彼女よりも、よりいっそう美しい。

「来てくれて、本当に嬉しいよ」
 私の言葉に、彼女は私の目を見て、にっこりと微笑んでくれた。この優しいまなざしを、この半年間、どれほど待ちわびたことだろう。大き目のショルダーバッグを受け取り、後部座席に乗せる。座席に落ち着いたところで、彼女を軽く引き寄せてキスをした。

 その体に触れること自体、これが初めてだった。前回のデートでは、手も握っていない。しかし、そうすることに違和感はなく、彼女も自然に受け入れてくれた。会えない間に育んできた二人の絆。再開してすぐの口づけは、それの存在を改めて証明できた気がして、何だかとても嬉しい。

 駅のロータリー内にある、パーキングスペース。フロントガラスの前を、様々な人たちが通り過ぎてゆく。十代の若者がするような大胆なキスシーンに、何人もの男女が好奇の視線を向けてくる。だが、そんなものは気にならない。むしろ、この美しい女性が私の恋人なんだと、自慢したくて回りたいくらいだ。

「行きましょ。見られてるのって、なんだか落ち着かない」
 私の肩にあずけていた体を起こすと、彼女はシートベルトをした。ゆっくりと車を発進させる。ハンドルを握る手に残った彼女の素肌の感触が、私の胸を期待にざわつかせていた。

 花のかんばせ、という表現がある。綾乃の顔を見るたび、私はその言葉を思い出さずにおれない。彼女の面差しに、飛びぬけて派手なところはない。品よく引いた眉、知的な光を湛えた瞳、涼やかな鼻梁。そして、うっすらと紅を引いた蠱惑的な唇。バランスよく配置されたそれらは、艶やかで清楚な一輪の花を思わせる。

 郊外のイタリアン・レストランでそれぞれパスタを注文し、途中で交換して食べる間も、私は彼女の顔に見とれていた。顔かたちもだが、それ以上に瞬間瞬間の表情が素敵だ。落ち着いた大人の女性でありながら、同時に少女のようなあどけなさを感じさせる。まるで、カレイド・スコープのようだ。

「じゃ、行こうか」
 エスプレッソを飲み干して、二人は席を立った。九月半ばの日曜日。まだまだ残暑は厳しいものの、今日は朝から曇りなので、ややしのぎやすい。この町には仕事で何度か来たことはあるが、今いる辺りを車で走るのは初めてだ。

「衣装、持ってきてくれた?」
 綾乃は恥ずかしげにうなずく。そのしぐさが、実に可愛い。
「ありがとう。無理言って悪かったね」
 ううん、と彼女は小さく答えた。

 車はナビに従って、高台へと登ってゆく。次第に視野が開けてきて、市内が一望でき始める。綾乃も私も、この町に直接の縁はない。二人が住んでいる場所の、ちょうど中間辺りに位置している小都市。中期の海外出張に出ている私の知り合いが、住んでいるワンルームマンションの鍵を貸してくれた。私たちは、そこに向かっている。

「綾乃、本当に……本当に逢いたかったよ」
 BGMをかけるのも忘れ、私は噛み締めるようにつぶやく。
「私もよ。とっても待ち遠しかった」
 彼女も囁き声で答えた。夏までは、彼女は家庭の都合で家を開けられないとわかっていた。やっと秋になり、今日の日を指定してきたのは彼女だった。待ちわびていた私は、喜び勇んで予定を調整した。

 しかし、それでも彼女を抱くために逢うというのには、やはり抵抗があった。日々のメールでのやり取りの中で、その思いは確認しているつもりだったが、人妻が夫以外と結ばれるというのは、軽々しく求めていいものではない。私はその葛藤を感じていた。考えた末に思いついたのが、写真撮影だ。

 可愛らしい綾乃、清楚な綾乃、そして艶かしい綾乃 ── まるでキャッツアイのように変わるその姿を撮りたいと私は言った。最初はファッションホテルやシティホテルを考えたが、室内と野外、両方で撮るとなると出入りが面倒だ。どうしようかと思っていたところに、独身の友人が気を利かせてくれた訳だ。

 マンションに着き、荷物を降ろす。部屋は6階。二人分のバッグと三脚、それらを担ぐと、結構な重さになる。エレベータのドアが閉まった時、綾乃がそっと腕を絡ませてきてくれた。指先が少し震えている。彼女も緊張してるのかな。そう思うと、私は少しだけほっとした。

 部屋に入ってすぐに、窓を開けて空気を入れ替えた。曇天の下、斜め上から見る街並みは、微かにもやっている。振り向いて、服の上から彼女を強く抱きしめた。愛おしくて愛おしくて堪らない。彼女も私の背に腕を回し、二人はお互いの存在を確かめ合うように、再びキスをを始めた。

 自信なさげに訪れた私の舌先を、綾乃のとろけるような舌が優しく受け止めてくれる。綾乃の唾液は、まるで糖蜜のように甘い。この世の誰よりも、愛おしい女性。手を握るだけ、肌に触れるだけでも、喜びに心臓が張り裂けそうだ。ましてや、その唇を許してもらえるなど。

「ね、撮ろう。わたし、あっちで着替えてくるから」
 細い肩を抱き寄せていた私の手が、胸のふくらみに伸びそうになったとき、綾乃は私の目を見上げてそう言った。そして、足元のバッグを拾い上げると、脱衣所の中に消える。

 ジーンズの中で私のモノは、しっかりと勃っていた。妖精のような、そして小悪魔のような綾乃。抱きしめたと思ったら、もうそこにはいない。私は、自分のバッグを引き寄せると、デジカメを取り出した。一眼レフ型で、綾乃を撮るために先日買った。三脚を立て、カメラを固定する。

 窓を閉め、エアコンをつけた。本当は自然光で撮りところたいが、最初から綾乃を無駄に恥ずかしがらせたくない。レースと普通の生地、二枚重ねの状態でカーテンをぴったりと閉める。その時、浴室のドアが開いて、彼女が静かに姿を現した。

 
 裸のバニー(2)に続きます……
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