裸のバニー(3) バスタオル

 ガーターベルトの上に続く白い肌。角度によって右が、そして左が隙間から見え隠れする。そのもっと上、悩ましい二本の太ももが交わったところに、黒いショーツが見えた。そう思ったとき、綾乃の手が私の視線を遮る。
「……手を、どけ……、いや、なんでもない」
 私はカメラを構え直して、何度かシャッターを切った。彼女の腰が、更に淫らにローリングする。
 
「どう? Tバックだってわかる?」
 私の視線が奥まで入り込むのを、手のひらで巧みに防ぎながら、挑発するような態度で問いかけてくる。
「いや……」
 息苦しさを感じつつ、小声で答えた。これが本物の綾乃なのか。淫靡に腰を振っていながらも、そのしぐさにはどこか気品がある。
 
「じゃ、こっちは? こうしたらわかるでしょ」
 腰をローリングはそのままに、彼女はゆっくりと後ろを向いてゆく。床にひざをついた私の方に背中を向け、やや前かがみになって尻を突き出す。太ももの半ばまであるスカートの裾に手を掛けると、ゆっくりと捲くり始めた。
 
 ガーターが露出し、生の太ももが見えた。その間も、尻振りダンスは続いている。私は魅入られたようにシャッターを切った。いっそビデオにでも撮っておきたいくらい官能的な動きだ。ゆっくりと、尻肉の下の端が見え始める。
 
 透き通るような白い肌。豊かなヒップのふくらみが、次第にあらわになってゆく。尻肉のあわいに見え隠れする下着は、これも黒、しかもごく薄いタイプだ。私の目が、一点に釘付けになる。綾乃の尻の動きは、まるで騎乗位でセックスしているかのように、捻りを加えた淫らなものになっている。
 
 ファインダーを覗いたまま、無意識に手を伸ばしかけたその時、
「この衣装は、もういいんじゃない? あなたの用意したのを貸して。着替えてくるから」
 綾乃は素早くスカートを下ろして、こちらへ向き直ると、あっさりとした口調でそう言った。
 
「あの……」
 その次が、言葉にならない。綾乃の瞳が、私をじっと見つめている。息苦しさを覚えて目を逸らし、自分のバッグが置いてある場所に移動して、用意した衣装を取り出した。
「……いや、別に。じゃ、これを着てくれる?」
 
 私が用意したのは、通販で買ったバニーガールのコスチュームだ。黒のレオタードは肩紐のないタイプで、かなりのハイレグ。そして、白とピンクのうさ耳、カフスの付いた別袖と一通り揃っている。
「うん、わかった。じゃね」
 綾乃は女史風メガネを指で持ち上げ、私が差し出した衣装と彼女自身のバッグを手に、再び脱衣場に消えた。
 
  ★
 
 何て情けない。綾乃があそこまで挑発してくれたのに、何も出来なかった。したことと言えば、写真を撮っただけ。しかも、手が震えてブレているかも知れない。私はうつむいて、大きなため息をついた。
 
 ここまで来てためらっているのは、やはり一線を越えることの恐怖だ。お互いに既婚者。伴侶に対する責任もある。だったら、好きになるなと言われるだろう。それは道理だ。だが、私は彼女に惹かれてしまった。単なる肉欲の対象としてではなく、ひとりの女性として。いや、正確にはひとりの人間として、だろうか。
 
 綾乃もまた、私を信じてくれた。不器用で一途で、年齢の割に純情な私を、彼女は放っておけなかったのだろう。そして、一方では私の書く文章に惹かれたとも言っていた。性格的な相性、きちんと秘密が守れる人柄、そして、何より自分のすべてを見せることが出来るパートナーであること。
 
 綾乃の夫は、彼女に古風な貞淑さを望んでいる。家庭での彼女は、自分の片方の横顔だけを見せて暮らしている。夫は、私の存在を知らない。具体的な嫉妬を感じる機会が多いのは私だけだが、同時に全体が見通せるため、綾乃の精神面も含めて、総合的なバランスを取る責任も私にある。そう感じている。
 
 たかが不倫に、そこまで考えるのか。意外に思われる方も、多いだろう。しかし、私たちの関係を、世間一般の刹那的な関係と一緒にして欲しくはない。私は綾乃と死ぬまで愛し合っていたいと思っている。だからこそ、一線を越えるのが怖い。
 今はまだ、ギリギリ友人関係だと言えなくない。だが、抱いてしまえば、もう後戻りはできない。それに、もちろん綾乃に拒まれる可能性もある。
 
 考えに沈んでいた私は、ドアの開く音に顔を上げた。栗色の髪にうさ耳のカチューシャをつけた綾乃は、胸から下にバスタオルを巻きつけている。手首にはカフスをつけた衿。ストッキングは穿いていない。照れたような笑みを浮かべた彼女は、部屋に入ってくると、私に背を向けてカーペットの上に腰を下ろした。
 
 スーツ姿と違って、バニーガールはまさにコスプレだ。その気恥ずかしさから、上にバスタオルを巻いてきたのだろう。私は微笑んだ。さっきのような挑発的な態度と、こういう恥じらいを滲ませた姿との落差がまた可愛い。
「どう、大丈夫?」
 おそるおそる、その背中に声を掛けてみる。
 
「……バスタオルを、脱がせて……」
 囁くような綾乃の声が聞こえてきた。なんて可愛らしい。私の微笑が深くなる。彼女の背中にひざ立ちで近づくと、私はタオルに手を伸ばした。

 
 裸のバニー(4)に続きます……
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